'81年ローマでの録音。欧州ツアー中に起きた母国の政変により帰国を禁じられ、亡命生活を余儀なくされていた時代の作品である。ケーナやサンポーニャなどの出番が少なくなり「フォルクローレ」らしさは薄くなったものの、持ち前のプログレッシヴな感覚は健在だ。『Canción para matar una culebra』('79)あたりに顕著な、先鋭的な音遣いを組み込んでいくという方法より、いろいろなスタイルをミックスすることに重点が置かれている。そのため表面的にはこぎれいに過ぎ、物足りなさを感じるかもしれない。
この「Sabda Alam」はときに「街角クラブ」を彷佛とさせるサウンドでびっくりします。Clube da Esquina……ブラジルはミナス州のミルトン・ナシメントを中心にしたアレですね。「通り」つながりという奇妙な符合も興味深いですが、ビートルズ以来の正統的ロック/ポップの流れを共有しているから、あるいは時期的なところも似ているからなのかな。ミルトンというよりは、ロー・ボルジェスみたいな浮遊感のある優しいサウンドで、曲によっては驚くほどプログレしてます。
(再掲:2004年12月、当サイト)
2007年3月30日、末期の肺がんで闘病を続けていたCHRISYEが亡くなりました。安らかに。
6曲目。Guruh作『Kala Sang Surya Tenggelam』です。
ただし本アルバムに収録のものでなく新アレンジ版。
アレな雰囲気は残っているけど。